S's case

日々の暮らし、夫との戦いの記録

変わっていく思い出





子供たち、美容院へ。




髪切って新年を迎えよう。

私は伸びたところを自分でカットして、

もう少しこのまま



こちらの美容院はもう20何年も通い続けている。美容師のNさんには人生の半分以上担当してもらっている。緑やオレンジ、ピンク等のカラー、緩いパーマからスパイラルパーマまでパーマも色々遊ばせてもらった。今回はどうする?と美容師Nさんと髪型を決めるのが楽しかった。もうスキンヘッドしかやってない髪型ないんじゃない?と、若い感受性で色んな髪型に挑戦した。

奇抜な髪型もキレイめでも、地味な私の顔に上手く合わせてくれた、彼女の腕には毎回脱帽。

今では母も子供たちもみんな世話になっている。今年もありがとうございました✨





      



夫から次男へLINE。

「もう1年も顔も見てない声も聞いてない、これでいいのか?」






昨年の大晦日、久しぶりに長男と次男が夫に会いに行った。

「お正月は会えるか分からないからお年玉ちょうだい。」と言ったようだ。

すると「お年玉はお正月のものだから、また来い。」とおじいちゃんに叱られたそうだ。

「せっかく行ったのに、もう行かない。」と次男。

長男は「めちゃくちゃ気をつかった。疲れた💦」と。

言ってることは分かるんだけど。。。

子供が久しぶりに会いに行ったのに。。。

しかも私に隠れて会いに行ったと思ったようで、普段私が会わせないようにしてるみたい💦

お年玉、別居してからおじいちゃんやお父さんにも貰えなくなって。長男だけ貰った年もある。

なんで差をつけるんだろう。長男だけ、とか。

みんな自分の子供じゃないの?






毎年30日は両家で大お餅つき大会&忘年会。

そして、31日には夫の実家へ。そこでまた大掃除などお手伝い。料理や後片付け、掃除などお腹が大きくても子供が小さくても1人で頑張った。

別居する前の年末、つきたてのお餅を、いつもお世話になっている友達におすそ分けしようとしたら、「俺がついた餅をどこへ持っていくんだ!」とキレられた。俺がついた餅って。

皆で頑張って餅つきしたんじゃないの?

そういう所が嫌い。




お餅つき、お年玉、年末の思い出がどんどん変わっていく。






去年は生きてる感じがしなかった。

年末年始の事はあまり覚えていない。

私も2人の子供達に一緒に来て、言いたくなる瞬間が多々あった。

新宿の事件は他人事とは思えない。

いつそうなってもおかしくはなかった。




1年の終わりを迎えられているのが奇跡のよう。





あと1日、無事に過ごせますように。

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